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宇都宮地方裁判所 昭和38年(ワ)58号 判決

前訴原告(後訴被告) 渡辺明

右訴訟代理人弁護士 増淵俊一

前訴被告(後訴原告) 浜田竜太郎

右訴訟代理人弁護士 大貫大八

主文

一、前訴被告浜田竜太郎は前訴原告渡辺明に対し、栃木県下都賀郡壬生町大字壬生一三四番、宅地八四二・九七平方メートルの内、別紙図面表示の同番二の部分四一四・一四平方メートルにつき昭和二八年一二月二三日附売買に因る所有権移転登記手続をせよ。

二、前訴被告浜田竜太郎は前訴原告渡辺明に対し、栃木県下都賀郡壬生町大字壬生一三五番二、畑一一一一七・三五平方メートルの内、別紙図面表示の同番三の部分九八五一・二三平方メートルにつき栃木県知事に対する農地法第三条の許可申請手続をせよ。

三、前訴被告浜田竜太郎は前訴原告渡辺明に対し、栃木県下都賀郡壬生町大字壬生丁一九九番、畑二四一・三二平方メートルにつき、栃木県知事に対する農地法第三条の許可申請手続をせよ。

四、前訴被告浜田竜太郎は、第二項記載の土地(但し、別紙図面表示の一三五番の三の部分)、及び前項記載の土地につき、それぞれ農地法第三条の知事の許可のあったときは、前訴原告渡辺明に対し所有権移転登記手続をせよ。

五、後訴原告浜田竜太郎の請求を棄却する。

六、訴訟費用は前訴、後訴とも前訴被告(後訴原告)の負担とする。

事実

(当事者双方の求めた裁判)

前訴原告(後訴被告)は、前訴につき、主文同旨の判決、後訴につき、後訴原告の請求を棄却するとの判決を求め、前訴被告(後訴原告)訴訟代理人は、前訴につき、前訴原告の請求を棄却する、訴訟費用は前訴原告の負担とするとの判決、後訴につき、後訴被告は後訴原告に対し、別紙目録記載の土地の引渡をせよ、訴訟費用は後訴被告の負担とする、との判決を求めた。

(当事者双方の主張)

以下前訴後訴を通じ、前訴原告(後訴被告)渡辺明を「渡辺」前訴被告(後訴原告)浜田竜太郎を「浜田」と略す。

≪以下事実省略≫

理由

一、前訴について

≪証拠省略≫によると、浜田はもと職業軍人で旧陸軍の壬生飛行場に勤務していたが、終戦後、右飛行場用地の一部であった栃木県下都賀郡壬生町大字壬生一三三番の一、同所一三四番、同所一三五番の一、二、同所一九九番合計一八二四七・九三平方メートルに入植し、昭和二四年二月一日、国より右土地の売渡をうけて引続き農業に従事していたが、昭和二八年春頃、長女千鶴子が埼玉県に嫁入することになったのを機に、右の売渡をうけた土地全部とその地上物件を処分して、一家を挙げて埼玉県に移住することに決し、前掲壬生町の開拓地の入植者である訴外渡辺平八の紹介で、同人の甥で、当時福島県下で農業を営んでいた渡辺に売渡すことになり、同年七月、浜田宅において右渡辺平八立会の上、右土地及び地上物件全部を代金四二〇、〇〇〇円で売渡すことを約し、即日手附金二〇、〇〇〇円を支払ったほか、内金一〇〇、〇〇〇円を同年一〇月、残金三〇〇、〇〇〇円を翌二九年三月、前訴浜田等が埼玉県に移住するときに支払うことと定め、渡辺は同年一〇月福島から右買受けを約した土地に来て麦播きをし、その際約定の一〇〇、〇〇〇円の支払をしたこと、ところが同年秋頃、千鶴子の嫁入の話がとりやめとなったため、浜田の挙家移住も取りやめとせざるを得ない状態に蓬着したこと、このため浜田は渡辺に対し、右の事態の急変を説明し、家とその敷地と野菜を作るぐらいの畑を返してくれるよう申入れ、渡辺もこれを承諾し、あらためて本件土地を代金一九四、六四四円で渡辺において買受けることとし、現地において買受けの土地範囲の指示をうけ、右代金の支払については、既に支払ずみの手附金と前掲一〇〇、〇〇〇円を充て、残金七四、六四四円を同年四月一〇日浜田に支払ったこと、爾後、渡辺は右買受時に指示をうけた土地範囲を耕作し、内宅地上に居宅を建ててこれに住み、浜田に対して課せられる税金及び開拓組合からの負担金について、同人から買受けることになった土地部分の面積の割合によって算定した額を同人の名において納入していること、昭和三一、二年頃、渡辺は浜田に対し、買受けた土地について所有権移転登記をなすべきことを求めたところ、当時同人は開拓組合の会計をしていて、役員をしていながら土地を他人に売ったことが知れては困るといって、登記手続をすることを暫く猶予するよう求めていたこと、渡辺は昭和三六年秋頃になって、浜田の妻訴外恵子より、既に引渡した土地も売ることができない旨の申入れをうけたため、前掲渡辺平八とともに浜田方を訪れてその真意をただしたところ、同人は地価も相当値上りをしているので、「慰労金」をもらわなければ登記請求に応じられない旨を述べて代金の増額を要求したこと、当時本件開拓地に、東京から玩具製造工場を誘致する話があって土地の売買値段も騰貴している旨の風評が伝えられていたことが各認められ、以上の事実によれば、浜田は渡辺に対し昭和二八年七月、当時自己の所有していた前掲開拓地全部とその地上物件を売渡すことを約したが、同年一二月二三日、渡辺の同意を得た上右売買契約を解除してあらためて右土地中本件土地にあたる部分につき売買契約をしたものと認めるのが相当である。

尤も成立に争いのない甲第七号証によると、浜田は昭和二八年一二月二三日渡辺より金一九四、六四四円を借り受け、これが担保として浜田所有の土地一一五八六・七七平方メートル(本件土地の一部)及び地上立木等につき抵当権を設定する旨の記載があるが、渡辺明本人第一回尋問の結果によれば、右の記載は、当時浜田の所有地が、いわゆる開拓地であって国から売渡をうけた昭和二四年二月一日より八年間はこれを絶対的に処分することができないことになっており、勿論農地法所定内の県知事の許可も受け得ないものであったため、明確な売買契約書を作成することが憚られたところから右のような記載方法をとったことが認められ、ことに右甲第七号証添附の「契約書附録」と題する書面によると、「一、土地の境界線」の項に「細部測量ノ結果増減アル場合ハ金銭ニヨリ支払フモノトス」とあり、飛地一八七七・六八平方メートル(浜田本人第一回尋問の結果によると、右は前掲壬生一九九番の土地を指すことが明かである)は、「抵当物件目録」の土地には含まれていないにも拘らず、「渡辺氏側」とすと記載されており、又第三項には、浜田が本件土地に関し支払うべき開拓者組合の諸経費、及び土地の固定資産税については耕作反別に応じて按分した金額を渡辺において負担する約定の記載があり、これらの記載は、抵当権設定契約に附随する約定というよりは、むしろ売買契約を前提とする相互の了解事項の附記と認められるので、右契約書の記載自体前記売買契約の認定の妨げとならない。

尚、浜田は、前掲の如く、埼玉県下への移住を中止し、現住所に永住する決意をした以上、本件土地を渡辺に売渡すことはありえず、只、同人が、福島県下の住居から妻子とともに本件土地に移住する手配をしてしまったというのでやむなく自己の土地の一部を割いて一時小作させることにしたもので前掲甲第七号証も乙第一号証も、右の小作契約の「合法性を仮装するために」作成したものであると主張しているが、これらの書証の記載自体からは、右の主張の事実は推認できず、またこれに沿う浜田第一、第二回本人尋問の結果中の同人の供述部分及び証人浜田恵子の証言の一部は前掲認定に照してたやすくこれを措信することができず他に右の浜田の主張事実を認めるに足る証拠はない。

ところで前掲認定によれば、渡辺と浜田が本件土地につき売買の約束をしたときは、浜田が国より本件土地を含む開拓地の売渡をうけた昭和二四年二月一日より法定の八年間の期間を経過しておらず、したがって右期間経過前は農地法第三条の許可も直ちにうけ得ない状況にあったところ、右両名はこの現実を知りながらあえて前掲約定をし、そのため、正式売買契約書を作るかわりに渡辺より約定売買代金と同額の金員を浜田において借受け、その担保として本件土地を提供する旨の約定書を作成して売買代金授受及び売渡土地及びその範囲を特定して後日の証とし、昭和三六年前記法定の八年の期間を経るに及んで、渡辺より浜田に対し所有権移転登記を求めたところ、同人は開拓組合の役員で売買が他に知れると困るといって暫しの猶予を求め、当初は登記手続を拒否する態度に出ていないことが明かで、これらの事実によれば、両者の本件土地売買契約の趣旨は、契約発効のときを前掲法定の制限期間を経過した後とし、且つ権利移転の時期を農地法所定の県知事の許可を得たときにかからせていたものと認められ、かような効力発生を二重の要件にかからせる契約も公序良俗に反しない限りあえて違法とすべき理由はない。したがって浜田は渡辺に対し、本件土地中、農地以外の土地については直ちに、農地については、栃木県知事に対する許可申請手続をなし、且その許可のあったときにそれぞれ所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

二、後訴について

次に本件土地が浜田の所有に属することは当事者間に争いがなく、同人はこれを理由に渡辺に対し本件土地の引渡を求めているが、先に前訴請求原因についての判断で認定したとおり、昭和二八年一二月二三日これを渡辺に売渡すことを約してその引渡を完了し、その後代金全額を受領し、爾来昭和三六年売買の事実を否認して「慰労金」を要求するまで、自己の名義で賦課される開拓組合の経費及び公租等については渡辺に対し売渡を約した面積部分に按分される額を同人から徴し、而も同人から所有権移転登記手続を求められるや、開拓者組合の役員をしているので売買の事実を公表したくないとの理由から暫し右手続の猶予を求めているのであって、このような事情にありながら、偏えに所有権者たるの一事に基いて渡辺に対し本件土地の引渡を求めることは信義に反し許されないところである。よって浜田の後訴請求は理由がない。

三、結論

以上の次第で渡辺の前訴請求は理由があるからこれを正当として認容すべきであるが、浜田の後訴請求はその理由がないからこれを失当として棄却すべく、訴訟費用は前訴後訴の分とも、いずれも敗訴の当事者である浜田に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽茂)

〈以下省略〉

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